時間を忘れて夢中になれるような情熱ってどこにあるのだろうか。
本当にやりたいこと、大好きなことと出会いたい。
子どもの時のことを思い出してみてください。
親に本当はこうしてほしかったと思うことはどんなことですか?
ちょっと変化球の問いかけだけど、あなたの情熱を見つけるためのヒントになるかもしれません。
親に対してちょっと恨み節になっているエピソードを掘り下げてみると、そこにあなたの情熱やこだわり、理想が張り付いている可能性があるからです。
私にもあった親への恨み節
私のことを事例に書きたいと思います。
幼稚園の頃、クラシック・バレエを習いはじめました。
なんだか育ちのいい家みたいに聞こえるかもしれませんが、そんなんじゃなくてですね。
当時、すごい内股で、自分の足をひっかけて転んじゃうような子だったんです。
それで、親が心配して、正しく歩けるようにと勧めてくれたのがバレエでした。
お稽古は楽しくて、幼稚園が終わって、車でバレエ教室に向かうところからワクワクしていたのを覚えています。
生ピアノが流れる中でバーレッスンをして、自分もすっかりバレリーナ気分。
一番幼かった私はウサギの役で、分厚い白いタイツで、お尻に毛糸のポンポンをつけられて、ステージに上がりました。
後ろを向き、腰をふりふりさせるという振付だったのですが、私は途中からすごく恥ずかしくなりました。
こんなのバレエじゃない!って、子どもながらに屈辱的で。
ふわっと広がるチュチュを着て、トゥシューズを履いてステージに上がれると思いこんでいたので、がっかりしたんでしょうね。
どんなルールだったか覚えていませんが、恐らく小学生になってからでないとトゥシューズは履かせてもらえなかったんだと思います。
チュチュやトゥシューズが履けないならもうやらないと言い出し、その後まもなくして本当にやめてしまいました。
すでに内股の癖は直って、歩き方が改善したので、バレエをはじめた目的は達成されていたし、本人が嫌なものを続けたってしょうがないと思ったんでしょうね。
親は、何も言いませんでした。
そんなエピソードを先日、夫に何気なく話していたら、夫が「その時、親からもっと頑張れと言われてバレエを続けていたら、憧れのダンサーになれてたかもね」と冗談を言ったんです。
その一言を聞いた時に、鼻の奥のあたりがツンとして、親に対してモノ申したい気分になったんです。
「そうだよ、なんであの時、もっと続けなさいって言ってくれなかったんだ」
「あの時に辞めなかったら、一番伸びる子供時代に、ダンスの基礎が身につけられたのに!」
「あれ? もしかして私、親を恨んでる?」って気づいたんですよね。
そんな風に思っているなんて自分でもびっくりしました。
やめたいと言い出したのは私だし、親は私の意思を尊重してくれただけなのに。
自分の後悔や残念な気持ちを、無意識に親になすりつけていたのかもしれないです。
というのも、46才からストリートダンスを始めてすっかりはまっているのですが、もう少し若い時からやっていたらなぁと思うことが何度もあるからなんです。
私が習っている先生たちは、クラシックバレエからはじめた経歴の持ち主ばかり。
ダンスのジャンルは違えど、やっぱり子ども時代にバレエをやっていた人の踊りって分かるというか、言わずとも醸し出される素養ががあるように思います。
指先や目の使い方、身体の軸の確かさ、重力を感じさせない軽やかさ。
ダンスのスタイルは人それぞれだけど、ひとつひとつが洗練されていてかっこいいなーと感じるダンサーはたいてい、バレエからスタートした人だなって思っていて。(ごめんなさい、そうでなくても素敵なダンサーはたくさんいるのも知っています。私の勝手な仮説です)
ストリートの先生から「幼稚園の頃からバレエをはじめてね。先生が厳しかったけど頑張って続けたの」みたいな話を聞くと、私も同じようなスタートに立っていたというのに、どうして私はあっという間にやめちゃったんだろう。
バカ、バカ、私のバカ!という気分になります。
そういえば、ピアノだって先生が怖いからやめたよね。
水泳だってキッズコースから選手コースに入ったら練習が厳しくなって、すぐに挫折したよね。
あぁ、私ってなにも極めてこなかった。好きなことをすぐに諦めてしまっていた。
あそこでもうひと頑張りしていたら、違う世界が見えたのに。
で、その自己嫌悪の矛先を、知らず知らずに親に投影させていたのかもしれません。
あの時、なぜ、親は頑張れ!と言ってくれなかったんだ。
親が背中を背中を押してくれていたら、私の人生は違っていたんじゃないかって。
情熱があるから恨み節になっている
昨日、新国立劇場バレエ団の無観客ライブ配信を見ていたら、やっぱり鼻の奥がツンとして、うるうると泣きたい気持ちになって。
でもね、それは私の情熱と繋がったからこそ、出てくる思いなわけです。
悔しさと同時に、「あぁ、そうか。私ってこんなにもダンスが好きなんだな」って改めて確認することができたんです。
アラフィフになってもなお、私の中に少女のような情熱があるって言うこと自体が嬉しいじゃないですか。(え?痛い?)
逆におばさんになって始めたからこその利点もいっぱいあります。
ただ好きでやっているだけだから
誰とも競わなくていい。
何も背負わなくていい。
完全なる自己満足でいい。
だから、純粋に楽しめるんですよね。
これが小さい頃からダンスをはじめていたら、どうだったでしょう。
可能性を秘めていた分、大変なことも多かったんじゃないかって思うんです。
仲間と競いあったり期待されて、上手くならないといけないって苦しくなっていたかもしれないし、自分の才能のなさに落ち込んだかもしれない。
親にどうしてあの時頑張れなんて言ったんだ!と逆に恨んだかもしれない。
だから、私の場合、むしろおばさんスタートで良かったんです。
自分への期待値が低いところからやっているから、ちょっとしたスキルアップで心底喜べるんですよ。
脳の指令に身体が繋がって、音楽と一体になれた、と思う時のあの楽しさったらないです。
運動習慣が自然について健康的な毎日になったし、同じ趣味で語り合える仲間もできました。
今は、家事をしながらも自然に踊りだしたりして、生活の中にダンスがあります。(夫は迷惑そうですけど)
自由に身体が動くだけで、毎日がとても幸せです。
出来るならずっとずっとダンスを続けたいです。
ただ、喜びのためだけに。
子どものあなたに聞いてみよう
あなたにも、親に対して恨み節になっていることってありますか?
大人になった自分が抱く後悔やコンプレックスを親のせいにしてしまう、というのはきっと大なり小なり経験がある人は多いんじゃないでしょうか?
親を恨んでしまいたくなるのは、それだけ熱い想いがそこに隠れているからです。
自分の情熱と結ばれたいと願う時、子供時代の自分に聞いてみると見つかることが多いもの。
だから、幼い自分に心の中で会いに行って、こうやって問いかけてみてください。
「両親に対して、本当はこうしてほしかったよ、って思うことはどんなこと?」
どんな答えが返ってくるでしょうか?
なにかを発見できたら、その思いを大人の自分が満たしてあげてください。
きっとね、大人になるまで気が付かないようにロックされていることもあると思うのです。
子供時代には気が付かないでいたほうがいい情熱もあると私は思っています。
きっと、今だからこそ発見できることがある。
今から夢が叶うこともある。
あなたも素敵な情熱と繋がれますように。
おすすめ情報
そうそう、新国立劇場バレエ団のオンライン配信は今後も予定されています。
5月4日、5日、8日に配信されますよ。
昨日の公演は、なんと3万人もの人が視聴されたそうです。
無料では申し訳なさ過ぎて、寄付をさせていただくことにしたくらいに、感動が詰まった素晴らしい公演です。
ぜひご覧ください。
詳しくは公式ホームページでご確認くださいね。
※アーカイブはないので、リアルタイムでどうぞ。
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